塩原温泉、三人の恩人たち その3
2008年6月17日

塩原温泉の三恩人のご紹介、3日目の今日は、尾崎紅葉(おざき・こうよう)。慶應3年(1867年)、芝中門前町生まれ。塩原三恩人の中では、明治の文豪として皆さんご存知でしょうか。貫一お宮の悲恋小説、「金色夜叉」は明治30年(1897年)1月より6年間に渡り、読売新聞に断続的連載されました。この大作の執筆の場となったのが、塩原温泉でした。「金色夜叉」といえば、熱海の海岸の場面が有名ですが、「続金色夜叉」では、塩原温泉を舞台にした描写もあり、塩原の名を世に知らしめました。


尾崎紅葉(おざき・こうよう)


奥塩原元湯温泉 秘湯の宿 元泉館
六代目湯守見習(専務取締役)君島弘晃
とちぎにごり湯の会会員 塩原温泉観光協会会員

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